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やっと手をつけました。
今更ですが、今年のゴールデンウィークに行った山口・萩旅行記です。

写真はインスタントカメラで撮ったので、画質は悪いです。文章もへたくそです。
それでも見てくださる方はつづきからどうぞ。




旅行と言うほどのものではないのですが、GWに一泊二日で山口へ行ってきました。

大学に入って初めて私は島根に帰省しておりました。
山口へ行くきっかけは、姉と母でした。姉は山口の大学生で音楽関連の部活に入っていました。
その姉の大学のコンサートがあるとかで、母がそのコンサートに行くというのを耳にした私は、チャンスとばかりに飛びつき、ついて行くことにしました。

おもいがけぬ機会に私は大はしゃぎで山口へとでかけました。


2009年5月4日 一日目
山口市

私の実家は島根の中央部、大田市という場所にあります。石見銀山があるところです。
そこから山口県山口市まで車で約2時間。私は2,3回いったことがあります。
山口市は旧国周防国に属します。もともと守護大名だった大内氏が館を構え西の京と呼ばれる歴史と文化の町です。
母が姉のコンサートに行っている間、私は1人で山口市内を巡ります。といっても、コンサート会場である市民会館から約3キロの範囲内です。
ちなみに萩で多くとるため、山口市内で撮った写真はほとんどありません…

まず訪れたのは香山公園

香山公園 五重塔

国宝の瑠璃光寺五重塔を中心にした公園で、桜や梅の名所として有名です。
この五重塔は日本三名塔の1つとして評価され、京風を重んじた大内文化の最高傑作と言われております。
ほかにも公園内には枕流亭や露山堂といった史跡があります。
枕流亭は幕末に薩長による倒幕軍の結成のため、木戸孝允、西郷隆盛、小松帯刀らが会合した場所です。

香山公園をひとしきり堪能したあと、公園から市街地へと向かって歩きました。
其の途中にある山口県庁には、藩庁門が残っています。

藩庁門

藩庁門は、1863(文久3)年、毛利敬親が萩から山口へ藩庁を移したとき、表門として造られたものです。この門を高杉さんや桂さん、久坂さんや聞多など数多くの藩士達がくぐりました。当時のまま残っており、現在もくぐることが出来ます。
高杉さん達もくぐったんだと思うと、にやにやして通っていました。
幸い、周りには誰もいませんでした。

藩庁門をあとにし、そのまま高田公園を目指し歩きました。
そこまでの道のりにある2つの博物館に立ち寄りました。
一つ目は山口県立博物館です。ここではちょうど木戸孝允資料展を開催しており、桂さん愛用の硯あ沢山の手紙、掛け軸などを見ることが出来ました。

思わぬ収穫にまたもやにやけながら高田公園を目指します。そして公園から約400mほど手前にある、おおすみ歴史美術館に行きました。
ここには桂さんや久坂さんを始め、山田顕義や大村益次郎、伊藤や山縣、三条実美ら七卿の書が展示されています。他には長州刀や刀つばもあります。
小さなところですが、中身はとても充実しています。

そして高田公園に到着。湯田温泉の一角にある、静かな公園です。
この公園は聞多(井上馨)の生家の跡地です。園内には聞多の偉そうな銅像や無料の足湯があります。
足湯に入りたかったのですが、おばさま達と若いお兄さん達でいっぱいだったので、怖くて近寄れませんでした。それに子供達も遊んでして、なぜか写真を撮るのが恥ずかしかったので、5、6分いただけで退散しました。

ここまでで約4時間。香山公園から3、4キロくらいですかね。かなり歩きました。
一日目はここで終了。
母と合流し、姉のアパートで一泊しました。


一日目はこんな感じで、ずっと歩いてました。山口市も長州ファンにとってはかなり嬉しい場所なので、ぜひ行くことをお勧めします。

次回はいよいよ今回の主役、萩市です。
山口は写真少なくてごめんなさい。
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