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テストもあと二日、残り二教科です。
まだ乗せたい長州人がいるのですが、人物はどうしても時間がかかるので、テスト中は中々できません。テストが終わっても、5日には妹が襲来し多分パソコンを乗っ取られます。
なのでテスト終了の3日と4日で2人くらい書ければいいなと思っています。

さて、私は10日に妹を連れて島根に帰郷予定でした。しかし、8日に地元の夏祭りがあると知り、バスのチケットを取っていたにも関わらず、取り消して8日に変更してしまいました。
私の地元は小さい町で祭りも大規模ではありませんが、小中学校の同級生と一気(?)に会える楽しみの1つです。




本日は入江九一の詩歌です。誰にしようかと考えていたら、四天王で九一はまだ乗せてないことに気づきました。
和歌二首です。相変わらず口語訳はできません。

 
                           
     吾師に別れて後余りに心の傷しけれは思父に寄ける
 ・ いかにせん別れしのちの吾涙君か袂に拭こそすれ

                          思父…品川弥二郎



     廿七日國界を出給ふらんと思へは敷々の感あらんと想いつゝ
 ・ 小瀬川や安芸と長門の國界今をかきりと思ひ渡らん

                          廿七日…安政6年5月27日

                           〈出典:吉田松陰全集『揚屋詩稿』〉
         
揚屋詩稿は確か九一が獄中で書いていた物だったと…すんません、ちゃんと確認しておきます。
一首目は松陰先生が江戸に護送されたときの悲しみを詠んだ歌です。詠んだとおりですね。
二首目について、これによく似た歌を松陰先生も詠んでおります。
ついでなので載せときます。(ついでなんて言ったら高杉さんに怒られる…!!)

 
      小瀬川
 ・ 夢路にも帰らぬ関を打ち越えて今をかぎりと渡る小瀬川


                            〈出典:吉田松陰全集『涙松集』〉

これは松陰先生が江戸に護送された際に詠んだ物です。小瀬川とは九一の歌にあるように、山口県と広島県の県境を流れている河です。松陰先生のこの歌の石碑もあるので行く機会がある人はぜひ見てみてください。





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