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聞多について。

以下だらだらグダグダと語ってます。


聞ちゃん大好きです(何だいきなり)

ファンの間でもよく言われてますが、聞多って村塾グループの中で一番「漢(おとこ)」って感じがするんですよね。まあ聞多は塾生ではないけれど。

短気だし、お金の公私の区別がつかないし、藩主親子に怒鳴るし、すぐ割腹しようとするし、女好きだし。
明治期のあだ名は雷親父だし、日本初の汚職大臣て言われるし、不死身だし(関係ない)

悪口言ってるんじゃないですよ(笑)

なんていうのかな。
聞多は懐が広い、情が厚い人間だと思うんです。
「懐が広くて情が厚い=漢」って単純かもしれないけど。
農民出身で年下の俊輔に自分の名を呼び捨てにさせて同等の付き合いをしたり。
身分は同じだけど年下の高杉さんの無茶ぶりをあっさり受け入れたり。

こうしてみると意外にも桂さんに近い人じゃないかと思ってます。
面倒見がいい側面も含め、身分にこだわりがないことも。
そして同じ兄貴分。
でも桂さんとは違うタイプの兄貴分。
桂さんは甘えたくなる兄貴分、聞多は頼りたくなる兄貴分。
これが私のイメージなんですけど、微妙な違いですかね(笑)

ホントに高杉さんを筆頭とする村塾生は桂さんに甘えっぱなしでした。その中に聞多も入ってるし。
「桂さ~ん、お願いじゃ(お金のこと)」
「またか!これで何回目だ。まったく…」
とぶつぶつ文句を言い説教しながらも世話を焼くのが桂さん。

「聞多、50両用意してくれ」
「おう、ちょっと待っちょれ」
なんて年下の高杉さんに偉そうに頼まれてもあっさり「まかしとけ!」というのが聞多。

これで伝わるかな~微妙な違いなんですけど、これが聞多。

明治時代。
遠慮なく一喝することから「雷親父」と呼ばれてた聞多。
その聞多の側近であった渋沢栄一は「避雷針」と呼ばれていました。
彼曰く「本当の意味での避雷針は彼(聞多)の方であった。彼が身体を張って守ってくれたから私はいろんな仕事が出来た」とのこと。
この一喝も元来の優しさや面倒見の良さから来ているから、臆さず着いて行った人は出世した人が多かったそうです。
この渋沢さんの言葉を読んだとき「やっぱ漢だよな、聞多は」って思いました。
部下を、仲間を身体を張って守ろうとする。
私が思う「漢」のイメージにピッタリ合致するんです、彼は。

なんか何が言いたいのか分からなくなってきました。
とにかく聞多は彼の言動を見てる限り、自分の中で一番「漢」だということです。

そして「聞多」を語る上で、私の中で絶対に外せないのが
高杉晋作と伊藤俊輔

ここで語るとキリがないのでまた別の機会で。

ここまでお付き合いくださってありがとうございました。

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