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2011.01.15 詩は志なり 23
ひっさびっさの漢詩だよ~♪(ピッカピッカの一年生~のリズムでどうぞ)

うっとおしいテンションでお送りします。
来週火曜に提出のレポートが書きあがったのでテンションHighです(もう1つ残ってるけどね)

そんなわけで今回は高杉さんの絶作。
ずっと書きたくてうずうずしてたんです。
でも詩集の順番通りにいくと最後なのでいつになるか分からなくて、我慢できずにやっちゃいました。

高杉さんの最期の作品なのにテンションHighで書くなんて不謹慎かもしれませんが
そこはどうかお許しください…











         数日来鶯鳴檐前不去、賦此贈鶯 
 
    一朝檐角破残夢
    二朝窓前亦吟弄
    三朝四朝又朝朝
    日日来慰吾病痛
    君於吾非有旧親
    又無寸恩及君身
    君何於我如此厚
    吾素人間不容人
    故人責吾以詭智
    同族目我以放恣
    同族故人尚不容
    而君容吾果何意
    君勿去老梅之枝
    君可憩荒渓之湄
    寒香淡月我所欲
    為君執鞭了生涯




     




     数日来鶯檐前に鳴きて去らず此を賦して鶯に送る
  
  一朝檐角残夢を破る
  二朝窓前亦吟弄す
  三朝四朝又朝朝
  日日来って吾病痛を慰む
  君は吾に於て旧親あるに非ず
  又寸恩の君に及ぶなし
  君何ぞ我に於て此の如く厚き
  吾素人間人に容れられず
  故人吾を責むるに詭智を以てす
  同族我を目するに放恣を以てす
  同族故人尚容れず
  而して君吾を容る果たして何の意ぞ
  君去る勿れ老梅の枝
  君憩うべし荒渓の湄
  寒香淡月は我が欲する所
  君が為に鞭を執って生涯を了らん





慶応3年、高杉さんが窓際の鶯へ贈った最期の長編の漢詩。
初めて読んだときは号泣しました。
8行目からの後半なんかは高杉さんの寂しさと孤独があふれ出してます。
後半だけ大まかに訳すと

僕を理解してくれる者はいない。
旧友も親族も、そして世の中さえも受け入れてはくれない
ただ君(鶯)だけが自分を受け入れてくれる
どうして君はこんな僕を受けれ容れてくれるのか
どうか梅の枝から去らないでくれ
荒渓のほとりで休息をとってくれ
寒香も淡月も僕が望むものである
君のために鞭を執ってこの生涯を終えよう


彼が感じていた孤独と寂しさ。
ずっとずっと抱えていたそれは、死を目の前にしてよりいっそう強くなったのではないだろうか。
たった一人、それ友のように戦場ではなく畳の上で死んでいく悲しみと無念。
しかしそれと同時に“生”という孤独から解放されるという安堵の気持ち、死を望む想いがこの漢詩を含め、彼の晩年の詩歌からはよく感じ取れる。
そして気になるのは旧友も自分を理解してくれない、と感じていたこと。
私はそんなことないと思っている。
玄瑞や栄太、九一や聞多も、その残された手紙や行動を見ても高杉さんを理解してない、なんてことはないと思う。九一なんて誰も賛同してくれなかったあの謎の血判同盟に、塾生で唯一参加してくれている。
それはきっと高杉さんも分かっていたはず。ただ繊細な人だから。
だからここでいう旧友も…というのは、自分を置いて先に逝ってしまった悲しみなんだと私は思う。


あ~何かまたグダグダと書いてしまいましたが、この漢詩は何度読んでも本当に悲しいし寂しい。
てか寂しすぎて涙が出る。
でも高杉さんの詩歌の中で私のベスト3に入るほど好きです。
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