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人から見た自分シリーズ、双壁編です。
双壁とはもちろん高杉晋作、久坂玄瑞の二人です。。
ちょいちょい栄太も登場しますので、松門三秀編でもいいかも。

でもこの双壁編(もしくは三秀編)、カテゴリどうしよう…
とりあえず決まるまで高杉さんのカテゴリにしておきます。



吉田松陰
 ・安政6年1月「己未文稿・子遠(入江九一)に語ぐ」
新知の暢夫(晋作)、識見気魄、他人及ぶなし。但だ暢夫を得て之に抗せしむるに非ずんば必ず害生ぜん。然れども両暢夫相抗すれば、必ず暢夫の斃るる者あらん、是れ又憂ふべきなり。この間の苦心、吾れ桂と一言せしに、桂も之れを首肯せり。…(省略)…
実甫(玄瑞)の才は縦横無尽なり。暢夫は陽頑、無逸(栄太郎)は陰頑、皆人の駕○を受けず、高等の人物なり。実甫は高からざるに非ず、且つ切値人に○り、度量も亦○し。然れども、自ずから人に愛せらるるは、潔烈の操、之れをやるに美才を以てし、且つ頑質なきが故なり。之れを要するに、吾れにおいて良薬の利あるは当にこの三人を推すべし。



入江九一
 ・出典不明
久坂は身を持すること謹厳方正、士卒と苦楽を共にし、営内に寄宿して居る。之に反して、高杉は豪宕磊落、或いは酒を飲み妓を携える。而して此の二人者が隊員に於ける人望は、恰も同じであって、其の間に差別がない。


桂小五郎
 ・「久坂玄瑞全集」
余の真の知己といふ者は唯久坂高杉の二人限りであった、いまは何れも死して浩○する外はない。


横山幾太(村塾生)>
 ・「鴎磻に釣餘鈔」
余今年五十一歳、これまで面謁したる傑出家にては…気力衆にひいで識見人に高きは松陰吉田先生、○識世に秀で英雄の風あるは東行高杉氏、度量衆を容れ君子長者の風あるは久坂実甫・入江子遠、才気煥発にして鋭敏なるは吉田秀實…。


<渡辺高蔵(村塾生)>
 ・「松陰全集」
久坂と高杉の差は、久坂には誰も附いて行きたいが、高杉には「どうにもならぬ」と皆いふ程で、高杉の乱暴になり易いのには人望が少なく、久坂の方は人望が多かった。
 
 ・「玖村敏雄氏との談話」
高杉は恐ろしかった、栄太郎は賢かった、久坂にはついて行きたいようだった。


天野御民(村塾生)>
 ・「維新前後名士○談」
二君は松陰先生門下の双壁と称せられ人物に於て固より優劣ある事なし。而して其差異ある所を言へば久坂君は君子の風ありて高杉君は英雄の質なり。当時の人の言に久坂君は貴ぶべく慕ふべき人にして高杉君は貴ぶべきも慕ふべき者に非ず。久坂君に就て死する時は○令溝中に陥て死するも猶之を甘せん。高杉君にうかうか従ふ時は如何なる犬死せんも計られずと。それがあらぬか久坂君の在世中は高杉君しばしば数奇○足を伸る事を得ず久坂君死没せられて而して後始めて高杉君大いに志を逞ふせられぬ。又蓋雄才大略も終に一の至誠に如かざるか。



<口羽憂庵>
 ・「防長正気集」
久坂高杉才品各異なり、而して藩少年第一流双壁と謂べし。



以上、双壁(もしくは三秀)編でした。
玄瑞は後輩にかなり慕われていたようですね。高杉さんはというと………
やっぱり恐かったんですね。てか天野御民(もと冷泉雅次郎)言いすぎだよ!!
「高杉君は貴ぶべきも慕ふべき者に非ず」とか「高杉君にうかうか従ふ時は如何なる犬死せん」とか!!
慕ってた人はたくさんいたし、ずっと付いて行ってた俊輔は犬死どころか大出世してるし。
まあ人それぞれなのでこれ以上言いませんが。
高杉さん、これ見たら絶対ショック受けるだろうな……
どうか見ませんように。


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