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人から見た自分シリーズ、玄瑞編です。
吉田松陰
 ・安政4年11月「江幡五郎宛て書簡」
これ老兄の知らるる久坂玄機弟玄瑞の詩なり。玄瑞行年十八。才あり気あり、○として進取し、僕輩のよくば老兄、閑に乗じて一読し、いたく準縄を加えられんことを。かれは南山の竹なり、これに羽してこれに鏃せば、それ或は石を貫く者の子なり。至嘱至嘱。

 ・安政5年2月「日下実甫の東行を送る序」
吾が妹婿日下実甫は年いまだ弱冠ならざるも、志状気鋭、之を運らすに才を以てす。吾の之に語る、余謂えらく、今や天下大変革の兆あり、しかして実甫は吾が社の領袖なり。吾の之に語る、寧んぞ尋常の言を以てせんやと…(略)…
若し然る能わざれば、吾れの推すに少年第一流を以てせしは、一家の私言となりて、天下の士に愧ずべきや大なり。実甫行け。これを贈言と為す


 ・安政5年2月「自ら実甫を送る叙の後に書す」
吾が性すこぶる○暴、事において辞避する所なし。然れども獨りみづから反省するに、顧惜の意つねに人の及ばざるものあり。実甫まことに才気あり。誠に顧惜せず。然れども挙動を以て戒めとなし、思慮を以て教えとなすは、おもふに機宜を失せずや。実甫勉めよや、当今の世、足らざるものは果断なり。

 ・安政5年2月「森田節斎宛て書簡」
此度、友人久坂玄瑞東遊につき、一書を附しくれ候よう申す事につき、此くの如く申し上げ候。この生、同社中の奇才士、僕の大知己に御座候。小生の近況色々申し上げ度く候へども、すべてこの生口頭に附し候。


高杉晋作
 ・安政6年4月「久坂玄瑞宛て書簡」
僕は貴兄、江戸にあるの節といえども、格別ついしょうも申さず、御賞挙も余り申し上げず候えども、心中には僕はとても及ばぬこれ頼むべき人と思ひ、兄弟の盟をも致したくとしょせん思い居り候えども、これまで遂に口外仕らず居り候。

 ・文久2年閏8月「桂小五郎宛て書簡」
文才兵智とも、玄瑞・弥八にはもとより百歩を譲り候事なれども、一身を以て二国を任し候事は及ばずながら鉄至誠心敢へて他人に譲らざる落着にござ候。

 ・「防長正気集 口羽優庵の言葉」
春風(晋作)嘗て曰く、通武(玄瑞)の如きものは生涯一室を出でずして尚名を天下に肆せんと。


以上です。
松陰先生と高杉さんからの評価でした。
松陰先生は玄瑞の才に惚れ込み、妹を嫁がせるほどでした。
その結婚話を面食いの玄瑞が「あまり美人ではないから…」と断ろうとした話は有名です(笑)
そして高杉さん。一つはあの例の恋文もどきから。
玄瑞の前で彼を誉める事が出来なかったって、高杉さんは現代でいうツンデレだったのでしょうか…?

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