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人から見た自分シリーズ、栄太編です。

「龍馬伝」の小説版で、池田屋事件の所に栄太の名前とセリフがありました。
小説と必ずしも一緒とは限りませんが、登場はかなり期待できると思うので楽しみです。
「新撰組!」で栄太を演じてた人にまたやってほしいなあ…
今まで見てきた中で、今のところあの人が一番似合ってた。

吉田松陰
 ・安政6年「栄太への書簡」
足下の質は非常なり、足下の才も非常なり。

 ・安政6年「増野徳民への『無咎の説』」
栄太才気鋭敏にして善く大事を論す

 ・安政6年「入江九一宛て書簡」
無逸(栄太郎)は其の才の鋭敏なるを愛し…(省略)…無逸の頑なる吾或いは平なる能はざるもの是は其の敬すべき所。

 ・「吉田松陰全集」
識見暢夫(高杉晋作)に彷彿す。但し、些かの才あり大いにその気魄を害す。


<高杉晋作>
 ・「送無逸東行序」
予の始めて松下村塾に詣るや一生有り、諸生の後に退然たり。神彩英暢眼光人を射る。
其の字を問へば曰く秀實無逸。其の班を問へば曰く軽率なり。
予一見して以て共に談ず。


前原一誠
 ・「長州藩維新団」
吉田栄太郎多才多弁、故に必ず事に害有らんを以て先生絶交す、有志皆同じ、栄太は実に傑物なり 


中谷正亮
 ・安政5年 稔麿の東行きの際に送った文より
無逸は志ある人なり。余と同しく松下村塾に遊へり。無逸性敏○鋭脱にして他の子弟になり、元々として書を読み夜以て日に継げり。嗚呼無逸よ名は是れ實の賓なり。有名無實は君子の恥つる所なり。然るに無逸豈其人ならんや。


伊藤博文
 ・「松陰先生と吉田稔麿」 
稔麿は吾到底及ふ能はざる俊才なり。


品川弥二郎
 ・出典不明
松陰先生の門下生中最も傑出していたのが吉田稔麿である。今生きておれば据え置きの総理大臣だろう。


松浦松洞
 ・安政5年2月27日「栄太宛て書簡」
才に任せ意に任せ人を感動せしむ。


木原情斎
 ・安政5年「松浦松洞宛て書簡」
吉田栄太郎は汝の知己と聞く、彼は何ぞ奇士なるや。去秋九月某日彼子に京橋の下に逢へり。容貌威儀凡ならず。後大に為す有る子なりと。


斎藤栄蔵
 ・安政5年9月「栄太東行を送る叙」
余が友無逸磊落にして気あり。


許道
 ・安政5年9月「栄太の東行を送る叙」
予は無逸と初は相知らざるなり。然るに松陰先生の其の卓然たる絶群の才有るを称道せふるるを聞きて心に一見を願へり。其の家に在るとき無逸と初めて一二言を通じたり。其の人と為りや憤然として国に○ゆるの志有り。其の状貌は雄偉にして笑ふも容を改めず、之を見れば凛如たるなり。



以上です。
こうして見ると栄太の評価はかなり高いです。
松陰先生によると、栄太の識見は高杉さんと似ているようです。そして俊輔やヤジ、他の人たちが言っているように彼はかなりの秀才だったようです。
ただ松陰先生曰く(4つ目の証言)、やや自分の才能に溺れるところがあったらしい…
写真が残っていない栄太ですが、木原情斎・許道の言葉からその容貌を少しですが読み取ることができます。

木原情斎 容貌威儀凡ならず…その容姿と立ち振る舞いは大変優れている
許道 其の状貌は雄偉…その容姿はたくましく優れている
どちらも同じようなことを言っておりますが、とりあえず栄太の容姿が人より優れているということです。
あ~ホントどんな顔なんだろ……

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