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自分が他人からどう思われてるか気になることってありませんか?
ありますよね!!(何だお前)

ということで新シリーズ(?)の始まりです。
今のところこのシリーズは人は高杉さん、玄瑞、栄太郎の3人を予定しています。
なぜこの3人なんだ、九一はどうした、と思われるでしょう。
理由は簡単。
彼らしか手元に資料がないからです。
ちなみに高杉さんと玄瑞は一緒に評されていることが多いのですが、一緒にされているものは新たにカテゴリ作って書こうと思います。

では始めたいと思います。
読んでくださる方はつづきからどうぞ。



吉田松陰
 ・安政4年9月「丁巳幽室未文稿・煙管を折るの記」
春風行年十九、鋭意激昂、学問最も勤む、其の前途、余固より料り易からざるなり。


 ・安政6年1月「己未文稿・子遠(入江九一)に語ぐ」
新知の暢夫(晋作)、識見気魄、他人及ぶなし。


 ・安政6年2月「高杉晋作宛て書簡」
余獄に赴くの前二夕、桂小五郎至る、小五郎僕無二の知己なり、話中、左の問答あり、僕、今叙して以って足下に遣る。寅(松陰)云う、暢夫(晋作)何如。桂云わく、後邁の少年なり、惜しむらくは少し頑質あり、後来、その人の言を容れざらんことを恐る。老兄何ぞ今に及んで一言せざる。
必ず益あるなり、と。寅云う、しかり、僕もまたこれを思う、但し暢夫十年遊方を期す、僕心に書信を絶ち、その為す所に任せんと期す、暢夫後必ず成るあり。今、みだりにその頑質を矯めば、人とならざらん。 暢夫他年あるならば、たとへ人の言を容れずとも、必ずその言棄てざらん。十年の後、僕或いは為すあらば、 必ずこれを暢夫に謀らん、必ず吾に負かし。二人相済えば、以て大過なかるべきなり。桂これを肯んず。



 ・安政6年4月「佐久間象山宛て書簡」
高杉生、僕より少きこと十年、学問未だ充たず経歴亦浅し。然れども強質○識、凡倫に卓越す。常に僕を視るに師の如くし、而して僕亦之を重んじて兄と為す。……(省略)……先生若し未だ僕を棄てられずんば、願わくば僕に語るものを以てこの生に語られよ。ただにこの生の欣幸のみならず。実に矩方(松陰)の欣幸何を以てかこれに尚えん。


訳がなくてすみません…

松陰先生から見た高杉さんでした。
松陰先生が絶賛する高杉さんの「識見」と「頑質」。
「識見」は物事を正しく見分け、はんだする力。玄瑞も絶賛。
「頑質」は栄太郎の言う「鼻輪も通さぬ放れ牛」の由来。
人が乗りこなすことは出来ない。人の意見を受け入れても自分の意見は変えない。
簡単に言えば頑固なんですかね…
桂さんはその「頑質」を心配しますが、松陰先生は直すべきではなく長所とすべきと見ます。
でもきっと桂さんの心配はこの数年後現実になってます(笑)

まあこんな感じでやっていきます。


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