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やっと一つめ完成です。
時間かけたわりには大したことありません…
そして長いです。
それでも見てくださる方はぜひ。

山口旅行第3回目は、高杉晋作終焉の地・下関!
本州最西端の地へ、いざ!

新山口まで特急で3時間。
10時半頃には到着の予定が、前日から降った雪のせいで何と1時間半も遅れました。
津和野辺りは真っ白。
津和野

この遅れのせいで、この日予定した下関行きは次の日へ持ち越しました。
萩に行ったときは、お金を忘れたりバスのチケットを忘れたり。
私の旅行にはアクシデントはつきものなのでしょうか…
結局この日は山口市から一歩も出ることなく、姉の引っ越しの手伝いをしておりました。

翌日、気を取り直していざ出発。
順序は「東行庵」→「功山寺」→「桜山神社」です。

まずは東行庵。
「湯田温泉駅」から下関行きの電車に乗り、「小月駅」で下車します。
そこからタクシーで直接東行庵へ。バスもあるのですが本数がかなり少ないです。

東行庵
 ~高杉晋作と奇兵隊が眠る小さな丘~
東行庵1 東行庵2

平日だけあって人はほとんどいません。とても静かで良い雰囲気です。
入り口から左手へ行くと東行庵、右手へ行くとお墓です。
まずはお墓参りから。

東行庵3 東行庵5

ゆるやかな坂を上っていくと、右手に高杉さんが愛した梅の花を見ることができます。
ちょうど2月から3月中旬が梅の花の見頃だそうで、ちょうどいい時期に来ることが出来ました。
登り切ると3つの分かれ道が。
先ず左へいくと、立派にそびえる高杉晋作像が出迎えてくれました。
高杉晋作像

まるでこの丘を守るかのようにそびえ立っています。
思わず高杉さんと見つめ合ってしまいました…
といっても見ての通り彼はそっぽを向いていますが。
ようやく我に返り次へ。

お次は例の石碑。
高杉晋作顕彰碑
顕彰碑

見にくくてごめんなさい。
伊藤博文による「動けば雷電の如く 発すれば風雨の如し」の名文から始まる碑文が刻まれています。
しかしこの碑文を書きあげた翌月の明治42年10月26日、俊輔はハルピンにて暗殺されてしまいます。
きっと誰よりも除幕式を楽しみにしていたのは他ならぬ俊輔だったはず。
明治44年5月20日、ここで行われた除幕式。
亡くなった親友に代わり井上馨が出席し、炎天下の下出席した児童たちが次々と日射病で倒れる中、
2時間に渡り涙涙の大演説を行いました。
いつか書いたような気もしますが、このとき聞多は73歳。
さすが不死身の男(笑)
ここに聞ちゃんが児童たちにとっては迷惑極まりない演説をしたんだなあ…と感慨(?)にふけりながら
いよいよメインへ。

東行墓
東行墓1 東行墓2 東行墓3

丘の下に広がる一面の梅を見下ろす場所にひっそりと建っています。
東行墓、とだけ書かれた質素な墓。
きれいな花と「晋作」とデザインされたお酒がいくつか供えてあり、きれいに整備されています。
お墓には盟友達が寄進した灯篭もあります。
ここに、高杉晋作は眠っています。
死の寸前彼が「吉田…」と呟いたため、奇兵隊結成の地である吉田へ埋葬されました。
実際には言ってないという説もありますが、まあここでは置いといて。
高杉さんが本当に眠りたかった場所はどこなのか。
この東行墓を目の前にして、なぜかそんな考えが浮かびました。
彼が呟いた「吉田」とは吉田松陰のことだとする説もあります。
晩年、療養中だった高杉さんは萩へ帰ることを願っていました。しかし病状は思ったよりも悪く萩に帰ることはできませんでした。
松陰先生もいる、家族もいる、自分の生まれ育った町。
本当は、萩で眠りたかったんじゃないのかな…なんて思ったりしてしまいました。
長くてごめんなさい。ここはスルーしてください。

気を取り直して。
東行庵には高杉さんのほかにも多くの人が眠っています。
福田狭平 梅処尼 赤根武人墓

左から福田狭平、梅処尼、赤根武人。
そして多くの奇兵隊隊士たち。
彼らを守るのは「東行庵」
東行庵6

もともとは山縣有朋の「無隣庵」でしたが、彼がうの(梅処尼)に譲りました。
ここでうのは静かに高杉さんたちの眠りを守っていました。
雪が少し積もっているのが何とも風情です。

一通り見て回った後、すぐ隣にある東行記念館へと向かいました。
東行記念館

高杉さんの多くの遺品が展示されているのでいざ!と気合を入れたのもつかの間。
二階の展示室は現在改装中。4月14日オープン予定。

………

これほど自分の間の悪さを恨んだことはありませんでした。
ただ一階は見学OKとのこと。
といってもたいしてなく、売店で品を購入して終わるだけにとどまりました…
購入内容
・高杉晋作ポスター(2種類)
・高杉晋作碑文拓本
・高杉晋作の遺墨復刻版(高杉晋作自画自賛、三烈士血盟書)

この後、東行庵の前にあるお店で「晋作餅」を購入しお腹を満たします。
最後に高杉晋作が愛した、咲き誇る東行庵の梅の花を目に写し、次の場所へ。

東行庵 梅2 東行庵 梅3

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