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お待たせしました(?)
青木周蔵による木戸公賞賛の時間です!

それでは興味のあるお方のみ、続きからどうぞ。




注意:○は読めなかった漢字です。

・第六回 秩禄処分、ドイツの貴族制度と土地制度
感覚鋭敏にして人事に忠実なる木戸翁は、聞き了て落涙数行、予は足下の説に賛成すと云へり。

この回は題名の通り、周蔵が木戸さんにドイツの貴族制度・土地制度について説明しています。
案外まじめに説明してるじゃん、このまま終わりかな、と思った矢先。
最後にこの通り。
普通の人なら”木戸公は”から始めるでしょうが、さすが青木周蔵。
木戸さんを絶賛する修飾語を欠かしません。


・第七回 憲法制定工作と木戸との交遊
翁の独・露巡遊中、予は数々之に随伴して聊か微力を尽くしたりしが、真の熱心に事柄を研究し、至誠溢るるが如き、翁の態度を視て屢々(しばしば)感激せり。其の帰朝に際し、東西別たんとするに及んで、惜別の情に堪えず、懐(おもい)を左の国風〔和歌〕一首に寄せて之を贈れり。

君を知らぬ昔は人に別れても涙に袖はしぼらざりけり

翁は之に酬ゆる為るめ、帰途埃及(エジプト)より左の古詩一首を予に贈れり。
(省略)
此の詩は無限の感慨を○せるものにして、世間之を知る人少し。故に、先年余は之を書して木戸侯爵に贈りたりしに、其の後、木戸家に於て戦陣の詩集を編するに方り、編纂を託せられたる某、恣に詩中の字句を改竄し、作者の真意を滅却したるは、予の甚だ遺憾とし且不快とする所なり。


ちょっと長いので一旦きります。
この回は憲法制定に関する話です。今回載せたのを訳すと

「木戸公がドイツ・ロシアを巡遊中、ボクは付いて行きいささか力を尽くしましたが、本当に熱心に事柄を研究し、至誠を尽くす木戸公の姿を見て大変感激しました。そして木戸公が帰国なさるとき、公との別れがあまりにも辛く堪えることができませんでした。そこでこの想いを歌に詠んで公に差し上げました。
『あなたのことを知らなかった昔は人と別れる時に涙など流れず、また袖が濡れて絞ることなどありませんでした。なのにあなたと別れはとても辛く、こんなにも泣いてしまいます。』
そしてあの時木戸公がボクにくれた漢詩が、後年になって勝手に改竄されていたのでかなり腹が立ちました(怒)」

…まあこんな感じです。
例の青木周蔵の木戸公へのラブレター。
木戸さんとの別れがあまりにも辛くて、その想いをこめた和歌を贈った周蔵さん。
そして木戸さんからの返答にあった漢詩が、後年勝手に改竄されたことに激怒する周蔵さん。
そりゃ大好きな木戸さんの漢詩が勝手に変えられたら怒りますよね。
当時は詩の改竄がよく行われていたみたいです。

では続きです。
明治七年、台湾征討に反対して文部卿を辞任し、萩に帰ろうとする木戸さんを岩倉卿の命令で説得しに行く場面です。
場所は木戸さんち。

予は直ちに翁に面し、其の質問に応じて右大臣の論旨を逐一申告し、更に留任を苦諫せしに、翁は一言だも発せず、
沈思黙考するものの如くなりしが、卒然翁と予との間に在りし霧の火鉢を取て之を坐乗に擲(なげう)ちたり。
熱灰は室内一面に飛散して、燈火も為に其の明を没し、炭火は散乱して畳を焦がすに至りしも、予は其の意の在る所を知るに苦み、自若として少しも動かざりしが、異様の轟音に驚きたる夫人は、当時同邸に予と同じく食客たりし桂太郎氏と共に倉皇階を上り来れり。此時翁は大喝一声、
 汝等の知る所に非ず。階下に行べし。
と叱して之を去らしめたり。依て予は、容を改めて翁に向ひ、
 此の火鉢は不肖に向うて投ぜられしが、何等の不興なるぞ。
と質問したるに、翁は双眼に涙を浮べ、
 何の理由在て足下に投ぜんや。唯感慨に堪へず、○に至りしなり。
と答へられたり。依て予は苦諫して翁の感触を害せしことを謝せしに、翁は、
 何とて謝する事の必要あらん。足下の如き人物、我友人中果して幾人かある。是れ予の感慨に堪へざる所なり。
とて、予を抱擁して泣けり。
(省略)
其の後同邸に帰りたるも、翁の決心とうてい翻すべからざるを知りたれば、再び留任を勧めざりしが、幾もなく翁は山口に帰臥し〔明治七年五月二十七日東京発〕、予は同年十月、再び欧羅巴(ヨーロッパ)に赴けり〔ドイツ在勤特命全権公使〕。其の後、書翰の往復は寧ろ従前よりも頻繁に之を為したるも、当時の分袂、実に最後の訣別となりたるは〔木戸、明治十年五月二十六日薨去〕、今に至るも尚ほ遺憾に堪えざる所なり。 


木戸さん火鉢ぶん投げ事件(笑)
説得に来た周蔵に向けて火鉢をぶん投げる。
周蔵は内心真っ青だったでしょう。何せ敬愛する木戸公に火鉢投げられたから。
ていうか、周蔵じゃなくてもいきなり火鉢投げられたら誰だってびびりますよ。
凄い音にびっくりして上がってきた幾松さんと桂太郎くん。
桂太郎はあのニコポン首相ですよ。のちの山県閥のナンバー2。ガタの子分です。
当時周蔵と一緒に木戸家に住み着いてました。
その2人を部屋から追い出した木戸さん。周蔵は木戸さんを不快にさせたと思い謝りますが、
「君に投げたのではない」と言われ、ほっとする周蔵。
それどころか大好きな木戸公に抱きしめられるというおまけ付き。
絶対この時舞い上がってますよ。


次で最後なんですが、長くなったので別記事にします。

以上、青木周蔵による木戸公賞賛でした。
次回をお楽しみに。

<引用:『青木周蔵自伝』 校注・坂根義久 平凡社 東洋文庫>
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